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鈴木大地選手の競パン写真が見つからない 極小競パンを流行らせた本人だ



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いまスポーツ庁長官になっている鈴木大地氏。ウィキペディアには、“・・・鈴木がソウルオリンピックで金メダルを獲得したことは、日本の競泳を復活させることに大きく貢献した。”とあるが、当ブログとしては競泳復活よりも、極小競パンの普及に大きく貢献した事実を記録しておきたいところだ。

そんな思いで折に触れ古い資料をあさっているけど、なかなか見つからないんだよ、これが。

あの体格でジュニアサイズの競パンを穿いていることが新聞記事で紹介されていたのを子どもの頃に見た記憶があるし、ファッション誌か何かで、男の水着が一時期ビキニパンツ一色になったきっかけは鈴木大地選手が金メダルをとったからだ、というような記事を見た記憶もあるし。

今回もまた鈴木大地選手の競パン写真探しに失敗したから、代わりにソウルオリンピックで金をとったときの写真をのせてお茶を濁すしかなさそう。もちろん、ネットにも鈴木大地選手の競パン写真はアップされていないみたいだし。


鈴木大地 競パン 見えない 金メダル後 ソウルオリンピック

鈴木大地 競パン 見えない 金メダル後 ソウルオリンピック2



鈴木大地選手金メダル獲得から競パン絶滅までの流れ


鈴木大地選手がジュニアサイズの極小競パンを穿いてソウルオリンピックで金メダルを獲得したとき、当時のファッションに敏感な一部の若者がそのカッコ良さに注目した。

そしていっきにリゾートビキニや競パンの流行となった。夏の屋外プールへ行ってみると、10、20代のおにいさんは猫も杓子も競パン状態だった。そんな時を経て金から20年後の競パン絶滅までのおおまかな流れは、こんな感じじゃないかな。

1988年
鈴木大地選手はジュニアサイズの競パンを穿いているとの新聞報道 (時期は要検証)
ソウルオリンピック 鈴木大地選手 100m背泳ぎで金

1989年
男の水着、ビキニパンツ(リゾートビキニ)と競パンがブレイク。サーフトランクスよりビキニ率が高くなる。

1993年?
海水浴場にくる若い男がリゾートビキニだらけになった様子のテレビ報道。(巷のお騒がせ 男のビキニパンツ)放送。

1994年?
神宮外苑プール(当時)、Tバック水着禁止が決定され、新聞の三面記事に。男のTバック水着禁止は横並びが相次ぎ、神宮外苑プールに近い室内プールのコズミックセンタープールも明確に“Tバック水着の着用はご遠慮ください”の利用要項が。(写真は沼プー男子更衣室入り口の張り紙)

Tバック 禁止 沼影プール 沼プー

2000年
シドニーオリンピックで全身水着を来たイアン・ソープ選手が世界新を連発、イヤな予感がしはしはじめる。

2007年

高校総体決勝で競パン絶滅。決勝に競パンを穿いて出場した選手はゼロ。競パン選手は前年度が最後となった。


水泳では全身写真は少ない

ふつうに撮ると選手は水の中だから、競パンは見えない。
プールサイドで撮っても、選手がひとりの場合は全身写真じゃなくて上半身の写真になってしまう。
なんとなくわかるでしょ。膝から上とか、太ももから上とかじゃ、おかしいもんね。

そんな事情があって、競パン写真は撮られないか、残りにくいのだな、多分。
ソウルオリンピックのカットもこうだもん。




まだ脇幅広めだけど一部細い競パン選手もいる

競パン ソウルオリンピック


競パン写真が少しはないとね。

ソウルオリンピックのときの競パン、脇幅が広めでおとなしいカットの選手が多いみたいだけど、4コースの黒競パン(一番手前が1コース)は、その後に来る極小競パン時代を予感させるようなカット。

競パン焼けが露出していて、普段より小さい競パンを穿いたのは確実。勝負水着は極小で、なんてことかな。露出度が高い方が速いという考え方が出始める頃だ。

黒競パンの手前の3コースは、いまでもいけそうなデザインの競パンだと思う。


なにはともあれ、鈴木大地選手の競パン写真はなんとか探し出すつもりでおります。確かに見た記憶があるからね。ビキニパンツを流行らせたのは鈴木大地だ、みたいな記事で。


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プロフィール

kyopanlab

Author:kyopanlab
競パンフェチな元水泳部員
現役スイマー

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